bannai452007-10-05

Billy Joe Thomas / B.J. Thomas (1972)■
2002.7.20. (Sat)発行


ポール・ニューマンロバート・レッドフォードキャサリン・ロス主演の映画『明日に向かって撃て!』の主題歌「雨にぬれても」を歌った男。バート・バカラックという売れっ子作家が作ったこの曲は1969年全米No.1を見事獲得。B.J.トーマスの一般的なイメージはこの「雨にぬれても」に始まり「雨にぬれても」で終わる、と。これまで派手な活動を展開してきたわけではないから致し方ないのかもしれない。しかし、彼の歌声の奥底に存在する南部の香りを忘れてはならない。

オクラホマ州ヒューゴに生まれ、テキサス州ヒューストンで育ったB.J.トーマス。本名ビリー・ジョー・トーマス。父親がカントリー、特にハンク・ウィリアムスの大ファンで、幼い頃からカントリーミュージックは身近な存在だった。カントリーやリズム&ブルーズを好んで聴いていた幼少時代。14歳で地元の教会の聖歌隊に入り、ハイスクール時代にはグループを組み本格的な音楽活動を開始させる。オリジナルとともにジェイムス・ブラウンやジャッキー・ウィルソンなどR&Bカバーも得意としていた。南部人ならではの才能とセンスはこのときにはすでに開花させていたということになる。

最初のヒットは1966年。「泣きたいほどに淋しいんだ」が全米8位を記録。元々は1964年に録音していたもので、全国的なヒットに至るまで2年の歳月を要している。曲は父親のアイドル、ハンク・ウィリアムスのカバーだった。「泣きたいほどに淋しいんだ」のブレイクのあと、1968年に「心の中まで」が全米5位を記録、そして翌1969年には前述の「雨にぬれても」が全米No.1に。しかし当初はレイ・スティーヴンスや他のカントリーシンガー、さらにはあのボブ・ディランまでが候補にあがっていたというが、次々と断られ最終的にB.J.トーマスにオファーが回ってきたという逸話が残っている。結果、この年のアカデミー賞最優秀主題歌賞に輝き、幅広い音楽ファン層にアピール、世界のエンターテイナーへの道が開かれた。70年には「君を信じたい」が全米9位、音楽界だけでなく、映画界から俳優業へのオファーもあったという。ここで映画界へ進出していたならば、今頃はそこそこ有名なハリウッド俳優のひとりだったかもしれないな、と思わせたりもする。ハイスクールの誠実な数学教師役なんか似合いそうだ。

1972年、B.J.トーマスの最高作と呼ぶべき『ビリー・ジョー・トーマス』が発表される。本名をタイトルに冠したということは自信の表れであったに違いないだろうが、全米アルバムチャートでは最高145位とまったく伸びなかった。シングル「ロックンロール・ララバイ」も15位止まり。この名曲がどうして...というほどの傑作なのに。

日本盤にはサブタイトル「スーパーセッション」とある。参加メンバー、作家陣が非常にスーパーなのである。キャロル・キングジョン・セバスチャン、スティーヴィ・ワンダー、ポール・ウィリアムス、ジミー・ウェッブ、バリー・マン。よくぞこれだけのメンツが集められたものだが、これは取り仕切ったプロデューサーであるスティーヴ・タイレルとアル・ゴルゴ二の功績だ。とにかく一流の作家たちが作ったものばかりだからまず曲がいい。そして、歌。カントリーやR&Bで培った泥臭く甘くほろ苦い歌声。B.J.トーマスのヴォーカリストとしての力量がいかんなく発揮されている。アルバムのハイライトは何と言っても「ロックンロール・ララバイ」だろう。夫婦であり、職業作家コンビでもあるバリー・マンとシンシア・ワイルのペンによる70年代屈指の名曲。ギターにはあのデュアン・エディを起用し、トワンギーなギターが堪能できる。コーラスにはダーレン・ラヴを含むブロッサムズ。ビーチボーイズ風のコーラスワークは、当初ブライアン・ウィルソンにも参加を要請したものの、いざというときに雲隠れされたらしい。70年代初頭のブライアンだから仕方のないことか、と今では言える。メロディー、歌詞、ヴォーカル、ギター、コーラスががっぷりとスクラムを組んだかのような密度。しかし良質だからといって世間に浸透するという保証はどこにもない。前述のように全米チャート最高15位。28年後、この名曲は作者であるバリー・マンが2000年に発表した20年ぶりの新作『ソウル&インスピレーション』でセルフカバーしている。オリジナルに勝るとも劣らない歌唱を聴かせてくれている。

1972年はシンガー・ソングライターの名作が最も多く誕生した年だ。ジェイムス・テイラーの『マッド・スライド・スリム』、ボビー・チャールズのベアズヴィル盤、ジャクソン・ブラウンのデビュー盤、『good time music .com vol.1』で紹介したピーター・ゴールウェイ、他にもエリック・カズなどなど。B.J.トーマスは自作自演ではないが、作家の描く世界を最良の形で具現化できる歌い手だ。自身の使命であるかのように見事に歌い上げる。南部出身のシンガーは優れた潜在能力を持っている。歌と声。似て非なるこの2つの才能を兼ね備えている数少ないシンガーである。次作『ソングス』もセールス的には失敗に終わったが、続編ともいうべき内容で完成度は甲乙付け難い。こちらも去年CD化されたのでご賞味あれ。

酒を飲んで酔っ払うことは簡単である。が、『ビリー・ジョー・トーマス』のような良質な音楽だけでもほろ酔い気分にもなれる。あとはPreciousな時間と場所があればなお良し、である。

ビリー・ジョー・トーマス

ビリー・ジョー・トーマス