bannai452007-11-16

Yes We Can / Lee Dorsey (1970)■
リングネーム"キッド・チョコレート"というプロボクサーをよく知るのは、ボクシング・ファンではなく音楽ファンだ。男の名はリー・ドーシー。ボクサー以外にも自動車修理工の経歴もある。1961年に「ヤ・ヤ」をヒットチャートに送り込んだ。トボケたヴォーカルスタイルがたまらない、ニューオーリンズR&B黄金時代の重要シンガーのひとりである。

60年代中期以降、アラン・トゥーサンが手掛けた多くの傑作の裏には必ずといっていいほどミーターズの極上サウンドと鉄壁リズムがセットになり多くの名盤が生まれた。その幕開けとなるのがリー・ドーシーの『イエス、ウィ・キャン』だ。1970年発表。ソウル・ミュージックが進化を遂げ、ファンク・ミュージックへと昇華していくこの時期に生まれた傑作中の傑作だ。

数曲のカバー以外は全てトゥーサンによる作品で、彼ならではの作風が遠慮なく炸裂しまくりの名曲揃いだ。まず注目すべきはここに収録された楽曲が、その後のロック界で多くのカバー作品が生まれていることだ。「スニーキン・サリー・スルー・ジ・アレイ」はロバート・パーマー、「オカペラ」はヴァン・ダイク・パークス、近年では久保田麻琴がソロ作『オン・ザ・ボーダー』で素晴らしいバージョンを披露してくれたし、「オン・ユア・ウェイ・ダウン」はリトル・フィートが取り上げている。そしてタイトル曲はポインター・シスターズがヒットさせた。93年のリイシュー盤(ポリドール)はシングルオンリー曲、未発表音源を含む全20曲入り、というおいしいボリューム。つい最近のことだが、紙ジャケ限定復刻盤が発売されたがこちらはオリジナルの12曲のみ。少々物足りないがポリドール盤は入手困難かもしれないのであしからず。

リズムがいい。サウンドがいい。歌もいい。曲もいい。ジャケットも好きだ。ニューオーリンズ・ビートがロック界へと飛び火する瞬間が詰め込まれた紛れもない名盤。ヴァン・ダイク・パークスローウェル・ジョージが夜な夜なスタジオでこのLPを聴きながら盛り上がっていたのでは、などと妄想するだけでも楽しくなる。

70年代のリー・ドーシーはこのアルバムと78年の『ナイト・ピープル』の2枚のみ。それを最後にシーンから退き、再び自動車修理工の職に戻った。50年代、修理工の現場でハンマーを叩きながら歌っていたところをレコード・プロデューサーが目撃したことで歌手デビューに至った、というエピソードが残っている。この朗らかな伝説と数々の名盤を残し、86年、気腫の為他界。享年60歳。ヨボヨボのじいさんになったリー・ドーシーのトボケた歌声は絶品だっただろうな。